チェンソーマン第一部でデンジの運命を大きく狂わせた存在が、四騎士の一体・支配の悪魔マキマです。圧倒的な力とカリスマ性を持ちながら、何を考えているのか最後まで掴ませない彼女は、単なる「強い敵」以上の不気味さと魅力を放っています。
一方、第二部では同じ支配の悪魔がナユタとして転生し、デンジと家族のように暮らす姿が描かれます。世界を支配しようとしたマキマと、日常の中でわがままを見せるナユタ。この二人の違いを追っていくと、「支配の悪魔」という概念そのものが、どんな恐怖や願望を背負った存在なのかが見えてきます。
本記事では、支配の悪魔マキマの能力や正体、内閣総理大臣との契約内容、デンジとの関係性を整理しつつ、ナユタへの受け継がれ方までを解説します。マキマがなぜここまで恐ろしく、同時に魅力的なのかを振り返りながら、チェンソーマン世界における「支配されることの怖さ」と「誰かに委ねたい気持ち」の揺れを一緒に読み解いていきましょう。
支配の悪魔マキマが放つ独特の空気は、文字より映像のほうが伝わりやすい部分もあります。
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支配の悪魔マキマとは?チェンソーマン世界での正体
チェンソーマンの第一部で、物語の中心に立ち続けたのが公安のデビルハンター、マキマです。彼女は表向きにはデンジを導く「頼れる上司」として登場しますが、その正体は四騎士の一体である支配の悪魔。デンジの人生そのものを握りつぶすような存在でありながら、同時に作品のテーマを体現するキャラクターでもあります。
この章では、支配の悪魔がどのような悪魔なのか、そしてマキマという姿を通してその性質がどう表現されているのかを整理します。
支配の悪魔の基本設定と四騎士としての立ち位置
支配の悪魔は、人が「誰かに支配されること」「自分の意思を奪われること」を恐れる感情から生まれた悪魔です。マキマは、相手を自分より“格下”とみなした瞬間、その存在を支配下に置くことができます。この支配は単なる命令にとどまらず、行動・発言・時には価値観や記憶にまで及びます。
そのため、支配の悪魔マキマがターゲットにした相手は、自分の意思で行動しているつもりでも、気づけばマキマの目的のために動かされている、という状態に陥ります。しかもこの力は、人間だけでなく悪魔や魔人、動物にまで及ぶため、彼女の周囲には常に目に見えない“支配の網”が張り巡らされているような状態です。
マキマは自分が支配した存在を「犬」と呼びます。公安の本部に犬を集めて可愛がる描写は、単なる動物好きというより、「支配して従わせた存在をそばに置きたい」という欲望のメタファーとも読めます。支配される側から見れば、それは“安心できる主”でもあり、“逃げられない檻”でもあるわけです。
マキマというキャラクターを、いったんプロフィールとして整理すると次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | マキマ |
| 正体 | 支配の悪魔(四騎士の一体) |
| 立場 | 内閣官房直轄の公安対魔特異4課リーダー |
| 初登場 | チェンソーマン第1話(デンジの前に現れる上司) |
| 能力の核 | 自分より格下とみなした存在の支配・命令・利用 |
| デンジとの関係 | 命の恩人/上司/恋愛感情の対象のように振る舞いつつ、最終的には人生を丸ごと支配しようとする存在 |
この表からもわかるように、支配の悪魔マキマは「肩書き」「役職」「国家権力」といった、現実世界でも人を従わせる要素とセットで描かれています。
ただ能力が強いだけではなく、「上司」「官僚」「秘密機関」というラベルをまとったうえで支配を行うからこそ、読者にとっても身近で生々しい恐怖として感じられるのです。
公安の上司マキマとして現れる「支配」の実例
作中でマキマが見せた支配の形は非常に多彩ですが、大きく分けると次の三つに整理できます。
- 公安内部やデビルハンターたちへの支配
- 悪魔・魔人たちへの支配
- デンジ個人の人生に対する支配
まず公安内部では、多くの隊員がマキマを盲目的に信頼し、命令を疑いません。彼女の命令に背くという選択肢が最初から存在しないかのような振る舞いは、「支配されている」という感覚すら奪われている状態だといえます。部下たちにとってマキマの言葉は「正しいから従う」のではなく、「マキマが言うから正しい」と感じられてしまう。ここに、支配の悪魔の恐ろしさがあります。
次に、悪魔や魔人への支配です。暴力の魔人や天使の悪魔、サメの魔人など、本来はそれぞれ異なる契約者や事情を持つ存在が、最終的にはマキマの一声で戦場に投入されます。彼らはマキマを恐れているようでいて、どこか逆らえない親のようにも感じている。この曖昧な感覚は、「支配されているのに、支配されていることに安心してしまう」という、依存にも似た心理をよく表しています。
そして何より特徴的なのが、デンジに対する支配です。マキマは最初にデンジと出会ったときから、「あなたの名前は?」「あなたは私の犬になって」と言葉を重ねて、彼の生殺与奪を握ります。デンジはそれまでの人生で誰からも大切にされず、選択肢を持てなかったからこそ、マキマに「飼われること」を救いだと感じてしまう。この関係性そのものが、支配の悪魔のもっとも残酷で、もっとも人間臭い側面です。
マキマの支配は、暴力や脅迫だけで成り立っているわけではありません。優しさや救済の手を差し伸べるふりをしながら、その実、相手の弱さや願望ごと握りつぶしていく。そこに「支配されることの甘美さ」と「支配から逃れられない恐怖」が同時に存在しています。
このように、支配の悪魔マキマという存在を見ていくと、チェンソーマンの世界で描かれる「支配」は、単なる力の上下関係ではなく、人と人との感情の結びつきそのものに食い込んでくる概念であることがわかります。
次の章では、この支配の力がどのような具体的な能力として表現されているのかを、契約や戦闘シーンを手がかりに詳しく見ていきます。
支配の悪魔マキマの能力一覧|支配・契約・監視の仕組み
支配の悪魔マキマの怖さは、「強い攻撃ができる」ことそのものよりも、世界の仕組みごと握りつぶすような能力構成にあります。ここでは、支配の悪魔マキマの力を整理しながら、チェンソーマン本編でどのように使われていたのかを見ていきます。
まずは全体像をざっくりまとめておきましょう。
| 区分 | 内容 | ざっくりしたイメージ |
|---|---|---|
| 支配能力 | 自分より格下とみなした存在を支配し、行動や契約まで操る | 人間も悪魔も、気づけばマキマの“犬”になる |
| 契約能力 | 内閣総理大臣との契約で、致命傷を日本国民に肩代わりさせる | ほぼ不死身のタフさを手に入れている |
| 監視・情報収集 | 動物を媒介にして視覚・聴覚を共有する | どこにいても見られている感覚を与える |
| 戦闘・処刑 | 見えない圧力で相手を押し潰す遠隔攻撃など | 手を少し動かすだけで敵が死ぬ、理不尽さの象徴 |
| 悪魔としての再生 | 倒されても地獄で再び生まれ直す、概念としてのしぶとさ | マキマが消えても支配の悪魔そのものは残る |
支配の悪魔マキマの中心にあるのは、「自分より下だと判断した存在を支配する力」です。ここには、戦闘力だけで測れない厄介さがあります。マキマが「格下」とみなした瞬間、その相手は自分の意思で生きているつもりでも、実際には支配の網の中に組み込まれていきます。行動命令だけでなく、価値観や忠誠心すら書き換えられてしまうため、本人は支配されていることに気づけません。
この支配は、人間だけでなく悪魔や魔人にも及びます。暴力の魔人や天使の悪魔、サメの魔人といった強力なキャラクターたちが、最終的にはマキマの一声で戦場に投入されるのはそのためです。本来ならそれぞれ独立した存在であるはずの悪魔たちが、一人の意思で束ねられた瞬間、支配の悪魔マキマは「一人で軍隊を動かせる存在」になります。
そこにさらに上乗せされているのが、日本の内閣総理大臣との契約です。マキマはこの契約によって、自分が受ける致命傷を日本国民の不慮の事故や病死に変換させることができます。銃撃されても、身体をバラバラにされても、そのダメージはどこかの誰かの死として処理され、マキマ本人は立ち上がる。支配の悪魔としての能力に、国レベルの契約が合わさることで、ほとんど「ルール違反」に近いしぶとさを手に入れているのです。
監視と情報収集も、支配の一部として機能しています。マキマはネズミや鳥、犬などの動物を媒介にして、遠く離れた場所の様子を見聞きしている描写があります。街の上空を飛ぶカラス、路地裏を走るネズミ、公安本部にいる犬たち。そのどれもがマキマの「目」と「耳」であり、どこに逃げても視線から逃れられない、という感覚が物語全体に漂います。
攻撃手段そのものも、支配のイメージと密接に結びついています。両手を合わせる儀式のような動きで、名前を指定した相手の身体を圧し潰す遠隔攻撃。指鉄砲のように片手を向けるだけで、相手の頭部が吹き飛ぶ処刑。どれも「直接殴る」のではなく、見えない力で相手を押し潰す描写です。これは、実際に手を下さなくても、上下関係だけで人を動けなくする「プレッシャーとしての支配」を視覚化した表現とも読めます。
さらに、マキマは悪魔としての基本的な性質として、高い再生力と転生の仕組みを持っています。たとえこの世界で完全に倒されても、支配の悪魔という概念は地獄で再び生まれ直す。その新しい姿がナユタです。つまり、マキマという個人は消えても、「支配の悪魔」という根本的な恐怖そのものは世界から消えない、という構造になっています。
このように、支配の悪魔マキマの能力は、一撃の火力や派手な技以上に、「逃げ場のなさ」を作り出すために組み立てられています。殴られても撃たれても死なず、どこにいても見られていて、気づけば考え方まで握られている。支配の悪魔の力を整理してみると、チェンソーマン第一部に漂う息苦しさの正体が、だんだんと見えてきます。
次の章では、この支配の力がマキマからナユタへどのように受け継がれ、何が変わったのかを見ていきます。支配の悪魔自体は同じでも、「誰のそばで育つか」「どんな関係を築くか」によって、その力の使われ方が大きく変わっていく様子を追っていきます。
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マキマからナユタへ|支配の悪魔の違いと受け継がれた力
支配の悪魔は、マキマがデンジに食べられたあとも消えたわけではありません。悪魔は概念そのものとして地獄で再び生まれ直し、その新しい姿がナユタです。つまりナユタは、マキマの生まれ変わりではなく、「支配の悪魔」という存在がもつ次の器だと考えるほうが近いでしょう。
岸辺はデンジに対して、「ナユタはマキマではない」と明言しています。記憶も性格も別物でありながら、内側には同じ支配の力が眠っている。ここに、支配の悪魔という概念と、マキマ/ナユタという二人の少女の関係性が浮かび上がります。
まずは、マキマとナユタの違いを整理してみます。
| 項目 | マキマ | ナユタ |
|---|---|---|
| 正体 | 支配の悪魔の前インカネーション | 支配の悪魔の現インカネーション |
| 立場 | 内閣直轄の公安職員、国家権力側 | デンジと暮らす少女、半ば一般人 |
| 支配のスケール | 国家レベル・世界レベル | 家庭と身の回りが中心 |
| 目的 | チェンソーマンを利用して「苦しみの少ない世界」を作る | はっきりした大目的は描かれず、デンジとの暮らしを守る姿が強調される |
| 人間関係 | 部下も悪魔も“犬”として扱う | デンジを家族として独占したがるが、情も見える |
| 能力の印象 | 制限が見えず、ほぼ何でもできる怪物 | 同じ系統の力だが、同時に扱える本数や相手に制限がある |
マキマの支配は、いつも「上から下へ」一方的に降りてくるものでした。国家の権力を背負い、多くの悪魔や人間を従え、「世界を作り替える」という巨大なビジョンのために、個人の人生を平然と踏みつぶしていきます。支配される側からすれば、そこには交渉の余地も反論の余地もありません。
一方、ナユタの支配は、ぐっと身近なところに縮小しています。学校での振る舞いや、デンジとの日常の中で見せるのは、子どもらしいわがままや独占欲です。デンジに対しては「他の女の子と仲良くするな」と釘を刺したり、気に入らない相手に軽く能力を使ったりすることはありますが、世界をひっくり返す計画を練っているような気配はありません。
ただし、これは単純に「力が弱くなったから」だけではないように見えます。ナユタには、マキマにはなかった環境があるからです。マキマはずっと「国家に利用される側」として生きてきましたが、ナユタはデンジや犬たちと一緒に、狭くても温かい家庭を持っています。この違いが、そのまま支配の使い方の違いにつながっているように感じられます。
支配の悪魔の力そのものに目を向けると、ナユタもまた鎖のようなものを伸ばして相手を従わせたり、小さな操作で他人の感覚を変えたりと、マキマと同系統の能力を見せています。ただし、一度に伸ばせる鎖の本数に限界があったり、どうしても支配できない相手がいたりと、「万能ではない」ことが明確に描かれている点が違います。
ここには、「支配の悪魔」という概念が変質したというよりも、作品側があえて“余白”を残しているような印象があります。全能の支配者ではなく、限界を持った一人の子どもとしてのナユタを描くことで、支配というテーマを第二部以降に引き継ぐ余地を作っている、とも読めるでしょう。
デンジとの関係性も、マキマとナユタでは大きく異なります。マキマはデンジを「犬」として扱い、救うふりをしながら徹底的に支配しました。対してナユタは、デンジを家族として独占したいとは思っているものの、その独占欲は子どもらしい嫉妬や甘えの範囲にとどまっています。デンジもまた、彼女を「守るべき妹」として受け止めており、少なくとも現時点では、マキマとの関係性のような一方的な支配にはなっていません。
支配の悪魔という同じ概念が、マキマという器では「世界を作り替えるための暴力」として現れ、ナユタという器では「身近な相手を離したくないという欲求」として現れている。この対比は、「支配」という行為が、使う人と環境によってどれほど姿を変えるのかを示しているようでもあります。
支配の悪魔は相変わらず世界のどこかにいて、その力が消え去ったわけではありません。しかし、マキマからナユタへと姿を変えたことで、その力が向けられる矛先も、巻き込まれる人間の範囲も大きく変化しました。今後ナユタがどのように成長し、どんな支配のあり方を選ぶのかは、チェンソーマン第二部以降の物語にとって重要なポイントのひとつになるはずです。
支配の悪魔マキマが恐ろしくも魅力的な理由
支配の悪魔マキマは、チェンソーマンのなかでも特別な敵役として記憶に残ります。それは単に強いから、残酷だからという理由だけではありません。彼女が体現している「支配されることの恐怖」が、現実の私たちが感じる不安と地続きになっているからです。
マキマの支配は、最初からあからさまな暴力として現れるわけではありません。優しい言葉や救いの手のかたちを取り、相手の望みを叶えるふりをしながら、じわじわと逃げ場を奪っていきます。デンジにとっては「はじめて自分を認めてくれた大人」であり、「衣食住のすべてを与えてくれる存在」でした。その安心感そのものが、支配の鎖として機能していた、というねじれがマキマの怖さの根っこにあります。
マキマの支配による恐怖のパターンを整理すると、次のように見えてきます。
| パターン | 表向きの顔 | 実際に起きていること |
|---|---|---|
| 救済型の支配 | 「あなたを助ける」「あなたには価値がある」と言って救いの手を差し伸べる | 生殺与奪を握られ、相手の善悪の基準すらマキマに委ねてしまう |
| 依存型の支配 | 衣食住や人間関係をすべてマキマ経由で与える | マキマがいないと生きていけない状態にし、逆らうという発想自体を奪う |
| 恐怖による支配 | 圧倒的な力と不死性を見せつける | 反抗しても意味がないと悟らせ、思考を止めさせる |
| 理想主義による支配 | 「苦しみの少ない世界」「平等な世界」という大義名分を掲げる | 大きな理想のためなら個人の幸福を犠牲にしてよい、というロジックを強制する |
どのパターンでも共通しているのは、「支配されている本人が、その支配をおかしいと思えなくなる」という点です。デンジはもちろん、多くの公安メンバーや悪魔たちも、マキマの側にいることを一度は「正しい」「安全だ」と感じています。読者もまた、第一部の前半ではマキマを「頼れる上司」として見てしまうはずです。そこから、「あれ、何かおかしい」と気づいたときには、すでに取り返しがつかないほど事態が進んでいる。この“認識の遅れ”こそが、支配の悪魔マキマを特別恐ろしく感じさせるポイントです。
また、マキマは単なる悪意の塊ではなく、自分なりの理想を真剣に信じているところも厄介です。チェンソーマンの力で戦争や飢餓、病気といった苦しみを消し去りたいという発想だけを切り取れば、確かに「人類のため」とも言えます。しかし、そのために個人の自由や尊厳を徹底的に踏み潰し、世界を「自分にとって扱いやすい犬」で埋め尽くそうとする。そのギャップが、彼女を単純な悪役ではなく、「危険な理想主義者」として際立たせています。
デンジとの関係性に目を向けると、支配の構造はさらに複雑になります。デンジは、それまで誰からも必要とされず、借金と孤独のなかで生きてきた少年です。そんな彼にとって、「一緒にご飯を食べてくれる大人」「名前を呼んでくれる大人」は、それだけで眩しい存在でした。マキマはそこを正確に突き、デンジが欲しかったものをすべて与えたうえで、「その代わりに私の犬でいなさい」と条件を提示します。デンジがマキマを愛してしまうほど、逃げられなくなっていく構図は、支配の悪魔の本質をもっとも分かりやすく示した部分でしょう。
さらに言えば、読者自身もまた、物語を読み進めながらマキマの支配に巻き込まれています。「マキマには何か大きな意図があるはずだ」「きっとどこかで報われるはずだ」と期待してしまう心理は、作中のキャラクターたちとそう変わりません。ラストでその期待が裏切られたとき、読者はデンジたちと一緒になって「自分もマキマを信じていた側だった」と気づかされる。支配の悪魔の恐怖は、作品の外側にいる私たちの感情まで巻き込んでいるのです。
マキマが退場し、支配の悪魔がナユタへと姿を変えたあとも、第一部で味わったこの感覚は物語に残り続けます。「また、誰かが誰かを支配し始めるのではないか」「支配されることに安心してしまう瞬間があるのではないか」という不安は、第二部で描かれるデンジとナユタの日常を読むときにも、読者の心のどこかで消えません。
支配の悪魔マキマがもたらしたものは、世界規模の被害だけではありません。
「支配とは何か」「誰かに委ねてしまうことで、どこまで楽になり、どこから取り返しがつかなくなるのか」という問いそのものです。
その問いが、ナユタやデンジの第二部での選択にも影を落としていくことを考えると、支配の悪魔は退場後もなお、チェンソーマンという作品の奥底で読者を支配し続けていると言えるかもしれません。
デンジやパワーたちの関係性を、別の角度から味わえるスピンオフ小説が『チェンソーマン バディ・ストーリーズ』です。マキマに支配される前後のキャラ同士の距離感が気になる人は、DMMブックス版でゆっくり読み解いてみてください。
まとめ|支配の悪魔マキマとナユタが映し出す「委ねたい気持ち」
支配の悪魔マキマとナユタを振り返ると、チェンソーマンが描いているのは「圧倒的な悪魔とのバトル」だけではないことが見えてきます。そこにあるのは、誰かに委ねてしまいたい気持ちと、その結果として生まれる支配の関係です。
支配の悪魔という存在を、ここでもう一度整理してみましょう。
| 視点 | マキマの場合 | ナユタの場合 |
|---|---|---|
| 支配のスケール | 国家・世界レベル | 家庭と身近な日常 |
| 支配の名目 | 苦しみの少ない世界を作るという理想 | デンジや自分の生活を守りたいという子どもなりの欲求 |
| 支配される側の感覚 | 安心と恐怖が入り混じった、逃げ場のない服従 | 妹のわがままの延長線上にある、まだ修正可能な支配 |
| 読者に残す印象 | 「気づかないうちに支配される怖さ」 | 「同じ力でも環境次第で変わり得る」という可能性 |
マキマは、支配の悪魔としての力をほぼ限界まで振り切った姿でした。国家権力を背景に、内閣総理大臣との契約でほぼ不死身になり、多くの悪魔や人間を「犬」として従える。世界を作り替えるという壮大な目的のために、デンジの人生や仲間たちの命すらも平然と踏み台にしていく姿は、支配という概念の極端なかたちです。
それに対してナユタは、同じ支配の悪魔でありながら、育つ環境も、支配の向かう先も大きく変わっています。彼女のわがままや独占欲はときに行き過ぎますが、それでもデンジと一緒にご飯を食べ、学校に通い、犬たちに囲まれて暮らす姿には、「普通の家庭」に近い空気もあります。支配の力そのものは危険でも、どう使うか次第で別の未来もあり得る、と示しているかのようです。
支配の悪魔マキマが恐ろしいのは、力そのものの強さだけではありません。相手の弱さや渇望を正確に見抜き、そこに「救い」を差し出すことで、支配される側に自分から首輪を差し出させてしまうところに本質があります。デンジがマキマを愛したことそのものが、支配の鎖を強くしてしまったように、支配はしばしば「安心」とセットでやってくるものです。
一方で、ナユタとの生活を通じて、デンジは支配の悪魔と違う関係を築こうとしています。妹として守りたい相手でありつつ、彼女の力が暴走しないようにブレーキをかける立場にも立たされている。ここには、「誰かに委ねたい気持ち」と「自分で選び続けたい気持ち」の綱引きが、以前よりもずっと身近なスケールで描かれています。
支配の悪魔というキャラクターを軸に見ていくと、チェンソーマンは「絶対的な悪を倒す物語」ではなく、「自分の選択をどこまで他人に任せるのか」という問いを突きつける物語としても読めます。マキマのような存在にすべてを委ねてしまえば、確かに楽かもしれない。けれど、その瞬間から自分の人生は自分のものではなくなる。ナユタとの日々は、その危うさを知ってしまったデンジが、それでも誰かと一緒に生きようとする試みでもあります。
今後の連載が進めば、ナユタが支配の力をどう使うのか、そしてデンジがどこまでそれを受け止め、どこから拒むのかが、あらためて問われていくはずです。支配の悪魔は、形を変えながら何度でも世界に現れる存在として、これからもチェンソーマンの物語と読者の心の両方に、長く影を落とし続けていくでしょう。


